学会誌 第91巻第5号 気候変動に対応したアジアモンスーン地域における水田灌漑の展開方向(2023年5月発行)

◆小特集の趣旨

 アジアモンスーン地域では,湿潤地での水田灌漑が広く行われ,その高い生産性と持続性の特長により世界
の中でも高い人口密集地域が維持されています。しかし,近年では温暖化などの気候変動と森林開発が相まっ
て,火災や洪水が多発しています。
 SDGs を背景とする「国連食料システムサミット(UNFSS)」(2021 年 9 月:オンライン)の行動宣言では,
食料生産が気候変動等に対して脆弱であり,飢餓が増加しつつある課題が示され,各国から持続可能な食料シ
ステムへの転換へ向けた取組みや考えが発表されました。わが国からは「みどりの食料システム戦略」の推進
が発表されています。その後,ウクライナ紛争による世界貿易の分断と円安を含む経済格差の拡大により,世
界的な食料危機が拡がる事態に直面して,世界ではますます自然災害等から国民を守るための食料安全保障が
重要となっています。
 戦後日本は,同じアジアモンスーン地域に対して,水田灌漑に関する調査や整備による支援を行ってきまし
た。この間アジアでは「緑の革命」での劇的な増産により都市部への安価な穀類の供給を果たしています。こ
の成功とは裏腹に農民の貧困を助長したとの指摘もあり,近年の海外支援では内発的発展が重視されています。
また,気候変動に対しては,京都議定書からつながるパリ協定(COP21)が採択され,国際協調が求められ
る時代となっています。
 日本では,食料安全保障や担い手不足への対応のため,国内農業の大規模化,省力・省コスト化を進めるこ
とは重要ですが,同時に,アジアモンスーン地域の水田灌漑農業が温暖化に対して,その進行を緩和したり適
応したりするための対策を検討する必要性が高まっています。
 本小特集では,こうした状況を踏まえ,気候変動に対する,日本を含むアジアモンスーン地域の水田灌漑に
おける農業農村工学分野の貢献や持続性向上への取組み,新たに検討すべき課題提案に関する報文を紹介しま
す。

◆展 望 「水田主体のアジアモンスーン地域における技術協力や研究課題の行方」
    秋田県立大学生物資源科学部 増本隆夫

◆小特集報文
アジアモンスーン地域における気候変動課題を踏まえた海外農業農村開発協力の展開方向」
    農林水産省農村振興局整備部設計課海外土地改良技術室 小西克己・加藤 孝・北田裕道

カンボジアにおける灌漑排水設計基準策定の取組み」
    (独)国際協力機構 徳若正純
    (株)オリエンタルコンサルタンツグローバル 岩本 彰・小原ひとみ
    日本工営(株) 伊藤 創・山下明生

     
アジアモンスーン地域における間断灌漑普及に向けた展開方向」
    国際農林水産業研究センター 渡辺 守
    メコン河委員会事務局 村下秀文
    アジア開発銀行 高野 伸
    農研機構農村工学研究部門 中矢哲郎

水稲生産者の気候変動への適応戦略と水資源の相互影響評価」
    農研機構農村工学研究部門 髙田亜沙里・吉田武郎
    農研機構北海道農業研究センター 石郷岡康史
    農研機構農業環境研究部門 丸山篤志
    岡山大学大学院環境生命科学研究科 工藤亮治