学会誌 第89巻第5号 農業用ダムにおける洪水調節機能の増進方策(2021年5月発行)

◆小特集の趣旨
 近年の水害の激甚化を踏まえ,既存ダムの有効貯水容量を洪水調節に最大限活用できるよう,関係省庁の密
接な連携の下,令和元年12 月12 日に「既存ダムの洪水調節機能強化に向けた基本方針」(以下,「基本方針」
という)が策定され,すべての既存ダムを対象に洪水調節機能の強化に向けた検証を行い,一級水系を対象に
令和2 年の出水期から新たな運用を開始するとともに,二級水系のダムについても,緊急性に応じて順次実行
していくこととされました。その後,基本方針に基づき,令和2 年5 月末までに一級水系109 水系のうちダム
のある全99 水系において治水協定の合意がはかられ,洪水調節機能の強化に向けた取組みが開始されていま
す。その直後の7 月には,九州地方をはじめとする全国各地で梅雨前線による令和2 年7 月豪雨が発生し,関
連する多くの事例や課題も浮き彫りにされたと考えられます。
 今回の取組みでは,農業用ダムも対象になっています。しかし,ゲートレスダムが多くを占め,管理も土地
改良区や市町村で委託管理されている場合が多いことから,事前放流の操作技術への新たな技術的対策が必要
です。さらに,利水ダムでは,ダム水位を低下させるための放流施設も大容量なものは多くないと考えられま
す。農業用ダムの洪水調節機能などの公益的機能の発揮は重要な社会貢献である一方,社会的責任も重大であ
ることから今後の具体的でかつ安全・確実な対応策について,ソフト(降雨予測,事前放流操作技術,水位低
下後の貯水管理,AI 利用など)・ハード(事前放流のための施設整備など)の両面から十分な技術検討が必要
です。このことから,農業用ダムの洪水調節機能の発揮の事例紹介や事前放流を実施する課題とその対応策に
ついて,関連の報文を広く紹介します。

◆展 望 「農業用ダムにおける洪水調節機能強化
    農林水産省農村振興局整備部水資源課長 豊 輝久

◆小特集報文
農業用ダムの洪水調節機能強化の取組み
    前 農林水産省農村振興局整備部水資源課 伊藤久司

水資源機構の利水ダムにおける事前放流の実施と課題
    (独)水資源機構中部支社事業部 村上喜昭・安田政彦
    (独)水資源機構愛知用水総合管理所 田村俊秋
    (独)水資源機構豊川用水総合事業部 大木洋介

農業用ダムの事前放流検討とその操作実績の事例報告
    NTC コンサルタンツ(株) 溝口恵美子・蒲生 誠

熱帯モンスーン地域の多目的貯水池における貯水池運用
    国際農林水産業研究センター 堀川直紀

農業用ダムの洪水調節機能強化に向けた堆砂量予測式の更新
    農研機構農村工学研究部門 向井章恵・島崎昌彦