学会誌 第90巻第8号 全国の水田水域における生態系保全対策の評価および新手法の適用(2022年8月発行)

◆小特集の趣旨
 わが国の水田水域で生態系保全のための環境配慮施策が始まって今年で 20 年を迎えました。1960 年代から
1990 年代にかけて基幹的な農業水利施設の近代化が進み,1970 年代から 2000 年代にかけては水田圃場の大区
画化・汎用農地化が取り組まれ,農業の生産性向上が図られてきました。2001 年に土地改良法が改正され,「環
境との調和への配慮」が土地改良事業実施の原則となって以降は,全国各地の農業農村整備事業でさまざまな
生態系配慮施設が整備されています。その一方で,整備された配慮施設の効果の検証事例はいまだ少なく, 事
業で整備された生態系配慮施設が,供用後にどの程度の効果をもたらしたのか,また現在も効果が持続してい
るのかについて,全国規模で検証されることはありませんでした。また,近年では,農業土木技術者や事業予
算の減少を背景に,生態系配慮施設の調査・計画・施工に係るモニタリング手法に効率性が求められています。
 このような背景から,農林水産省農村振興局鳥獣対策・農村環境課は,2019~2021 年度に「二次的自然環
境における生物多様性保全検討調査」を行いました。本検討調査は生態系配慮施設の設置後,10~20 年を経
て実施された全国規模のモニタリング調査です。全国 10 地区の生態系配慮施設を対象に①生態系配慮施設の
整備が生物多様性の保全に及ぼす効果の検証,②効率的かつ効果的なモニタリング手法(環境DNA)の検討,
③生物生息状況のモニタリングおよび保全活動の実態把握,を目標としました。
 本小特集は,3 カ年の調査の成果を会員と共有するために企画しました。全国的な生態系配慮施設の効果検
証の結果を提示するとともに,環境 DNA を活用したモニタリング技術の有用性,農業農村整備事業で生態系
配慮施設の整備に取り組んだ事例を紹介します。本報告を契機に農業農村整備事業における環境配慮が実効性
のあるものとなり,農業農村工学技術者が,これまで以上に積極的に豊かな二次的自然の形成に取り組むこと
を期待します。

◆展 望
確認された農業水路系における生態系保全効果
    宇都宮大学名誉教授 水谷正一

◆小特集報文
魚類群集の多様度指数からみた生態系配慮施設の効果
    福島大学食農学類 神宮字 寛
    元 宇都宮大学 水谷正一
    いであ(株) 寺田龍介・稲田あや
     
農業水路の生態系配慮施設が魚類の生息に及ぼす効果
    農研機構農村工学研究部門 渡部恵司
    岩手県立大学 鈴木正貴
    いであ(株) 寺田龍介

農業水路における環境 DNA 調査の適用性と環境 DNA の拡散距離
    農研機構 小出水規行
    神戸大学大学院 源 利文
    いであ(株) 白子智康・中村匡聡

栃木県N川地区の長期モニタリング調査からみる水域ネットワークの役割
    宇都宮大学農学部 守山拓弥
    元 宇都宮大学 水谷正一
    いであ(株) 早川拓真

東北地方B地区の流量変動の大きな水路における生態系保全の効果検証
    北里大学獣医学部 森  淳
    東北農政局 田中和博・青木 聡
    農林水産省農村振興局 山田健太郎・西澤彩香

M県F地区における深み工による魚類保全効果の検討
    滋賀県立大学 皆川明子
    東海農政局 鈴木啓介・川邊渓一朗
    いであ(株) 江藤美緒

山口市 J 地区におけるビオトープによる生物多様性保全効果の検討
    岡山大学学術研究院環境生命科学学域 中田和義
    中国四国農政局 三田康祐
    広島県環境保健協会 中西 毅