中村 哲氏を悼む

 2019年12月4日にアフガニスタン東部のナンガルハル州ジャララバードにおいて,武装集団に襲撃され死亡した医師で民間活動団体(NGO) 「ペシャワール会」 現地代表の中村 哲氏の報道は,大きな衝撃とともに世界に広く発信され,日本でも連日大きく報じられました。志半ばの現地で無念の死を遂げた中村 哲氏に哀悼の意を表します。
 中村氏は,周知のように1980年代半ばからパキスタン北西部のペシャワルやアフガニスタンで医師として医療活動し,その後,大干ばつに見舞われたアフガニスタンの状況を目の当たりにされ,人道支援として,貯水池や農業用水路などの整備による農業開発に取り組まれました。これらの活動は,内外で高く評価され,「アジアのノーベル賞」 と評されるマグサイサイ賞を受けています。中村氏は,医師でありながら自ら技術を学び,現地において灌漑排水技術者として活動されました。

 当学会ともこれまで多くの関係があり,ここではそれらを紹介することにより,中村氏を悼むとともに敬意を表したいと思います。
 中村氏は,2014年のPAWEES高雄大会(台湾)において,国際水田 ・ 水環境工学会国際賞 (表題 : アフガニスタンに命の水を届ける緑の大地計画の遂行 -マルワリード用水路系の建設-) を受賞されました。学会に残る推薦資料を見ると 「建設を進めるために,農林水産省の土地改良事業計画設計基準を基に用水路建設のための設計施工技術を学び取り,帰国の度に福岡県や熊本県の農業水利施設を視察した。筑後川に現存する石積みの山田堰に込められた多くの知恵を理解し,この方法を採用し,現地に合わせて試行錯誤の末に,ついに取水堰を完成させている。」 とあり,農業農村工学の研究者や技術者と同様の技術的な研鑽と経験を中村氏は積まれたことが分かります。
 授賞式当日は,現地アフガニスタンから直々に駆けつけていただき受賞講演も拝聴しました。
 講演では,アフガニスタンの近年の気候変動による干ばつの状況,日本の筑後川の堰から学んだ斜長堰 (Slanting Weir) のメカニズム,その現地適用と用排水路の整備および農業開発の成果を紹介されました。農業用水の開発により,約10年を要して砂漠から緑の大地に生まれ変わった現地での灌漑事業の成果がよく分かりました。ここで驚くべきことは,その事業スケールが,海外で展開される大規模灌漑事業に匹敵することです。
 事業では,地元の人々の労働力,日本の伝統的な工法,各種資材および施工機械が駆使されており,専門技術者が行う事業に何ら引けを取るものではありません。民間団体の1人の医師が,灌漑排水事業を通じて農業開発を成功させたことは,その技術力ばかりではなく,マネジメントなどのそのプロジェクトの実践力に驚嘆する次第です。
このほかに,当学会では,2009年に著書 「医者,用水路を拓く」,2018年にDVD 「『アフガニスタン用水路が運ぶ恵みと平和』の企画と制作」(ペシャワール会・(株)日本電波ニュース社) にそれぞれ農業農村工学会賞を授与しました。
 中村 哲氏のご冥福をお祈り申し上げます。

※写真 PAWEES国際賞を受賞された中村氏 (写真右から4人目)